BPnet サマータイム導入を面倒くさがる日本 の感想
大前研一氏のコラム
『サマータイム導入を面倒くさがる日本』
内容としては、大前氏はどの利権者から執筆料貰ってるんだろ?ってレベルで、まったく読む価値はないといっていいだろう
コラムの中で大前氏は、サマータイム反対な人に対して、面倒だとかそういう気分的な問題で拒絶していると断じているが、ご自身の主張も「なんとなく良さそうだからやってみりゃいいじゃないか。それで社会が混乱してもそれでもいいじゃないか」という気分レベルの動機しかない。それでご自身が人格攻撃をしている反対者といったいどこが違うというのか?
まず、経営コンサルタントというからには、最低でも経営者にとってどのような利点があり、難点があるのかくらいは理路整然と説明してほしいものだ。もちろん、精神的な価値があるということであれば、それは一つのメリットであろうが、精神的な価値というのは個人の主観であり、人によって異なるのだから、絶対的多数の賛同があるなら民主国家であることになっている日本であるから、やってみてもよいということになるのだろうが
そもそも、サマータイムは、緯度の高い国だからこそ利点があるのではないか?それも白夜があるような国で、だ。下手すれば一日中日が沈むことがない地域であれば、いつでも変わらないだろう。
現在の状態で、サマータイムを導入するのであれば、圧倒的なメリットがなければならないだろう
まず北海道だけでも、という意見があるが、北海道だけサマータイム導入して、経済活動が本当に成り立つのだろうか?北海道の人からすれば、結局、本社や取引先が1時間遅くまでやっているからそれに対応するために1時間残業しなくてはならないだけではないか?シフト制などで対応しましょうとして、夏だけ労働条件が変わることに果たして納得できるのだろうか?強制されれば仕方なく対応・順応するだろうが
コンセンサスを得るまでというのはナンセンスだと論じているが、それはまぁその通りだろう。だが、国民の大部分が理解した上で決を採りましょうというのであればわかるが、ご自身で書かれているようなサマータイムとはなんぞや?という人が(多く)いる状態でやることを決めることに何の意味があるのか?それこそ社会的な混乱を巻き起こすだけではないのか?
ITなど高度情報化社会になり、グローバル化が進んだ今、簡単に時間というルールを変えられると思っているのか?ITでいえば2000年問題が騒がれたが、そのためにどれほどのコストをかけて対応したからこそ、大きな混乱がなかったかわかっているのだろうか?
それは正しい動作をするようにするための改修であったから、対応すれば終わりという話ですんだ。しかし、今回は違う。全く異なるルールを導入しましょうという話だ。
となれば、日本中のシステムを改修しなければならない。本来なら、レコーダや炊飯器などの家電レベルでさえも改修しなければ、混乱を起こす。しかし、それは無理なので、対応したければ買い換えろという話になるだろう。ワーキングプアだとか貯蓄額が年々減少しているだとかいわれている昨今に、時計のある機械をすべて買い換えることなんて消費者にできるとおもっているのか?
そして高度情報化社会でありグローバル社会である現在は、日本だけの話では済まない
国際的なルールとして日本の標準時を示すものがある。これにサマータイム分を追加することになるし、サマータイム前後の切り替えに対応する必要がある。そうなると下手すれば日本と付き合いのあるところのシステムは対応してくださいとなる。古くからのルールであれば、初めからそれに対応するだけですむが、いきなり新しいルールをとなれば、当然既存のインフラが対応するようにしなければならないのだ
変化を求めるなら、サマータイムである必要性はないだろう。サマータイムという制度を設けずとも、社会的にいつからいつまでは勤務時間をずらせるようにしましょうというルールでいいじゃないか。強制するまでもない。オフピーク通勤と同じだ。もっとも、社会的に一気にやらないと全社をあげて導入する企業なんてないとおもうけどね。
推進派が従来主張していたエコだからという点は、昨今ことごとく覆されている。逆にCO2の排出量は増加するという実験結果もある。錦の御旗がなくなってしまうと、今度はなんでもいいからとにかく導入してしまえとは、なりふり構わぬその主張に、そこまで貴方を狂気的に駆り立てるものはいったいなんですか?と問うてみたい
トラックバック
このブログ記事に対するトラックバックURL
http://fakelife.info/mt/system/mt-tb.cgi/96
コメントする