いろいろと落ち込んだりとかしてきたし、するし、しているけど、
ある意味で、今ほど凹んだことはない
そう断言できる

 

まだ年の瀬というには早いけれど

 

今年は精神的にいろいろなことがあって、実に多くのことを考えた
正直にいうと、生と死とかについても考えたし、それについて決めたこともある

生と死という根本的な部分ではないけど、人生というものにおいて重要な部分について考えたり決意したこともある

 

そうやっていろいろ考えることになった、小さな出来事の積み重ねの他にも、いくつかの大きなきっかけ・出来事というのがあった
先ほど受けた計り知れないほどの衝撃は、それらの中のひとつまたはいくつかの延長でもあるわけだけど、それでも、やはり衝撃は大きい

 

完全に予想出来なかったことか?というと、いやそうではないかなとも思うのだけど
それでも、こういうことはないだろうと思っていたし、そうならないことを願ってもいたので、いろんな意味で衝撃が大きい

 

特に今更というか、今の自分には、どうにかできるものでもないし、自分が関わることで余計話をややこしくしてしまうだろうというのは想像に難くない
まして、今回の衝撃を受けるに至った出来事の責任の一端というよりも責任の大部分は自分にあると思っている

 

結局、自分が今年考えて至った結論というのが、意図せずに正しいモノだと証明された結果ではないのか?と今は考えていて、たぶんそれは思うというものから、そのうち確信に変わるんだろう

淡く、幽かに抱いていた、最後の希望というものが、完全に消え去ったということと同義であろうことは想像に難くない
まだ自分の中で今回のことは消化するどころではないし、そうできるにはしばらく時間が必要だろうと思う
むしろ、そうできる時がくるのだろうか、くることはないのではないか?という疑念もある
そしてそれは疑念に終わらず、きっとそうなんだろうとも思う

 

だからこそ、今年至った考えが心のどこかでやっぱりそうかと思う気持ちがあって、浮かばなければどうとでもなったかもしれないのに確信めいたものが心の中にすでに認められるわけで

 

淡く幽かなものだったとしても、今まで抱いていた最後の希望とか望みというものが完全に絶たれ、むしろそれどころではないある種の絶望に近いものを得てしまったというのは、逆にすっきりするのかもしれない
光だとか夢だとか希望だとか、そういうものに対する無意味な憬れだとかそういうものを、これでやっとすっぱりと断てるのかもしれない

 

これで自分が在るべきところに在り、在るべき心に在り、本来在るべき様に今後在り続け、そしてただ滅びるだけとなれるのではないかと

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